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SomeGirl(s) ③

舞台 V6
男は自分の「しあわせ」のために生きてる。ただ「しあわせ」になりたいだけ。


元カノを呼び出そうと思った理由も、女性たちとの会話で男から出てくる言葉たちも、最後に逆ギレして喚き散らすのもぜーーーんぶ自分のため。
最初から最後まで自分のことしか考えてない。自分が主体。
いかに自分を良く見せるか、自分が嫌なやつだと思われてないか確認したりそれを払拭しようとアレコレ提案してみたり、そういうこと。
いままでたくさんの人と付き合ってきたことは会話からわかるのだけど、そのなかから男が選んだ4人は(待ち合わせに来なくて訪ねたら門前払いされたという女も入れたら5人かな)雑誌に載った小説のネタにした5人なんだろうね。
だから、言い訳しにいかなきゃいけない。ついでにそれも録音してまた次の小説ネタが拾えたらラッキー!で、結婚を機に・・なんていうのは建前みたいなもんで本当の目的はそれだったんだなと思った。

そんな奴になんで会いにくるのか、元カノたちの気持ちが私にはさっぱりわからない

と、ずっと思ってたんだけど・・・
きっとそれぞれ付き合っていた頃は本当に愛情があったんだろうな・・じゃなきゃさすがに会わないよねぇ?
男はいつだって「この人なら自分はしあわせになれるんじゃないか」と本当に思って行動してる。
でもなれないとわかったら自分のしあわせを求めていってしまう=結果的に逃げ出す。
男の言う「しあわせ」は、自分が愛されること?自分が良い状態(金銭的にとか肩書きとか)でいられること?かな。だって、いつだって自分が1番なんだもの。
この人としあわせになりたいとかこの人をしあわせにしたいとかそういう意味ではない。

サムは言いたいこと全部言わせてもらえず追い返されるように去っていったし
タイラーはきっとあのあとやることやってさようなら
リンゼイは男を置き去りにしたけど、振り返ったときの少し哀しそうな表情が印象的だった
唯一、ボビーだけは男が引き止める。3年も付き合ってたっていうし、前記事に書いた「本当に愛しているのは今の彼女でもない、誰でもない君なんだ!!」っていうセリフはあながち間違いではなかったのかな

あ、そうだセリフのなかに『青ひげ公』が出てくるんだけど
パンフの解説に【夜明け・真昼・夕暮れ・真夜中を支配する4人の妻を持つ】と書かれている。
男が4人の女性に会う時間帯がこれにあてはめられていて
1幕サム=真昼
2幕タイラー=夜明け
3幕リンゼイ=真夜中
4幕ボビー=夕暮れ
やりとりのなかに時間がわかるセリフが出てきたり、照明等の演出で男≒青ひげ公になってるけど
これは元々そういうものなのか、今回のオリジナル演出なのか・・?

話が脱線してしまった
見るまでは、結婚するからって元カノに会いに行こうとする男も会っちゃう女も本当に意味がわからないし私この舞台楽しめるのかな大丈夫かなって思ってたけど
見て、いろんなことを感じて考えてるうちに、自分だったらどういう行動に出るかなーとか
この男本当に最低だけど付き合ったらどうなるんだろうとか男のこともっと知りたいとか思ってしまっていて、完全にやられた感。くやしい。笑

それはけんくんが男だったからであって、違う人だったらそう思ってないのかも知れない
最終的に、L.A.の最初の一分と次の一分は男にとって本当に良いものだったのかな?とか考えるはめになったのはきっとけんくんだったからだということにしておく。

 

おわり。